第三の理/補足●
閉曲面上の四角形分割の対角変形

 例えば,正二十面体を考えよう. これは遠目には丸く見えるから, 球面が 20 個の三角形領域に分割されていると解釈できる. 球面に限らず, 閉曲面が三角形領域に分割されているとき, それを閉曲面の三角形分割という. ただし, 2 つの三角形領域が接しているときには, 1 点だけでくっついているか, 1 本の辺を共有するかのいずれかになっていなければならない.

 そういう三角形分割において, 辺を共有する 2 つの三角形領域を考えよう. その 2 つを合わせると四角形に対角線を 1 本書き込んだ状態になっている. その四角形の中で,すでにある対角線をもう一方の対角線に取り替えても, やはり閉曲面の三角形分割が得られるように思える. 三角形分割の厳密な定義に従うと一般にはそうだとは言い切れないのだが, ここではそうだと思っておこう. このような三角形分割の修正を三角形分割の対角変形という.

 この三角形分割の対角変形に関する研究は1930年代に始まっているが, 私が1994年に書いた論文を皮切りに急激な発展を遂げた. それまで行われていた研究は個別的な閉曲面に対するものだったが, 私の考案した方法により,一般の閉曲面に対する議論が可能になったのである. 「数学者」の項で私は現象を発見する人だと述べたが, この研究に関しては,現象にとどまらず, 1 つの理論が構築されてしまった.

 一方,中本君の研究テーマは, 三角形分割ではなく,「四角形分割の対角変形」である. その{\bf 四角形分割}とは閉曲面を四角形領域に分割したものである. 例えば,立方体は球面の四角形分割だと思うことができる. 四角形分割において,辺を共有する 2 つの領域を考えると, 六角形を 1 本の対角線で 2 つの四角形に分断したようになっている. その対角線を別のものに取り替える操作が 四角形分割の対角変形である.

 本編中でも述べたように, 私の論文を真似すれば, 四角形分割に対しても同様の理論が作れるだろうと考えて, このテーマを中本君に与えたのだった. しかし,研究を進めていくうちに,私の予想に反して, 四角形分割にはそれ固有の問題あることがわかってきた.

 それを克服するためには, やはり四角形分割固有の議論が必要だった. 中本君は,修士論文の段階で, 2 部グラフと呼ばれる四角形分割の族に対して, 私の定理と同様の現象が成立することを証明した. さらに,博士課程に進学した後, “cycle parity”という概念を導入することで, 2 部グラフでない四角形分割もコントロール可能であることがわかり, 大きな飛躍を遂げることになった. また,慶応義塾大学の太田克弘氏の協力を得て, いろいろな方向へと研究を広げていった. そのため,最終的にまとめられた中本君の学位論文には, 組合せ的なグラフ理論だけを勉強していたのでは フォローできない内容がたくさん含まれている.

 


negami@edhs.ynu.ac.jp [1998/5/1]