私は空を飛んでいた. 広げた両腕が風を切り,袖はバタバタと激しく振動している. 眼下には,山の隆起,その谷間を流れる川,それに沿って走る道路, 三々五々に散在する民家が見える.
そもそも私が高所恐怖症であることを知っている人たちは, 私が空を飛んでいることなど信じられようはずがない. もちろん,これは夢の世界のできごとである. それも, 時折ではあるが, 私が高校生の頃から連続的に見続けている夢なのである.
空を飛ぶといっても, 初めから, 鳥のように翼を広げて,すいすいと飛べたわけではない. 自分の背後に気の塊のようなものをこしらえ, それに仰向けになって乗っかるといった感じだった. だから,ウルトラマンたちのように頭から飛んでいくのではなく, 私の場合は足から飛んでいく. なんとも格好が悪い.
それも多少熟練してくると, それほど無様な姿勢を維持することもなくなってきた. 気の塊は松葉杖のように,私の脇の下を支えて, ぐーと中空に私を持ち上げてくれるようになったのである. いずれにせよ,飛ぶというよりは,浮くというイメージに近い. 最近の夢では,この浮揚方法にもかなり慣れてきて, 人からはすいすいと飛んでいるように見える格好で, 宙に浮いている.
しかし,宙に浮いているときは、いつも重苦しい. 他の人たちにとって, 空を飛ぶことは自由の象徴なのかもしれないが, 私にとっては,そうではないようだ. 宙に浮いている身体は決して軽くはない. 地上を歩いているときよりも重く, いつでも気を抜けば墜落しそうな感じがしている. そんな思いをしてまで,なぜ,私は空を飛ぶのだろうか?