第三の理/第4話
浮揚

 私は空を飛んでいた. 広げた両腕が風を切り,袖はバタバタと激しく振動している. 眼下には,山の隆起,その谷間を流れる川,それに沿って走る道路, 三々五々に散在する民家が見える.

 そもそも私が高所恐怖症であることを知っている人たちは, 私が空を飛んでいることなど信じられようはずがない. もちろん,これは夢の世界のできごとである. それも, 時折ではあるが, 私が高校生の頃から連続的に見続けている夢なのである.

 空を飛ぶといっても, 初めから, 鳥のように翼を広げて,すいすいと飛べたわけではない. 自分の背後に気の塊のようなものをこしらえ, それに仰向けになって乗っかるといった感じだった. だから,ウルトラマンたちのように頭から飛んでいくのではなく, 私の場合は足から飛んでいく. なんとも格好が悪い.

 それも多少熟練してくると, それほど無様な姿勢を維持することもなくなってきた. 気の塊は松葉杖のように,私の脇の下を支えて, ぐーと中空に私を持ち上げてくれるようになったのである. いずれにせよ,飛ぶというよりは,浮くというイメージに近い. 最近の夢では,この浮揚方法にもかなり慣れてきて, 人からはすいすいと飛んでいるように見える格好で, 宙に浮いている.

 しかし,宙に浮いているときは、いつも重苦しい. 他の人たちにとって, 空を飛ぶことは自由の象徴なのかもしれないが, 私にとっては,そうではないようだ. 宙に浮いている身体は決して軽くはない. 地上を歩いているときよりも重く, いつでも気を抜けば墜落しそうな感じがしている. そんな思いをしてまで,なぜ,私は空を飛ぶのだろうか?


つづく

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negami@edhs.ynu.ac.jp [1998/5/1]