第三の理/第17話
ブレイク・スルー!

 帰宅後,慌てて出張の荷造りをし, パジャマに着替えて布団に潜り込むと, それまで保留にしてあったスイッチが再びオンになってしまった. つまり,やむを得ず発表のための資料作りに専念していた頭が, ハノイ氏の問題を考えていたときの状態に戻ったのである.

 もちろんハノイの氏の問題は完全解決した. しかし,数学者の頭はそこでは停止しない. 1 つの問題が解決した瞬間は, ちょうど眼前の壁が打ち破られたようなもの. 噴煙が薄れてくるのを待って, それまでどこかに隠れていた兵隊たちが その突破口をえぐり,一斉に中に突入する. 問題の構造や原理を完璧につかんでいれば何も恐れることはない. それを基にしてさらに多くのものが発見できるにちがいない. そういう思いで頭が動きだし, 止まらなくなるである.

 身体は眠いのに,頭の一部が起きている状態が続く. いずれその部分と意識との連結が断たれ,眠りについてしまうのだが, その部分は意識とは独立に動いているのだろう. だから,翌朝,前夜に考えていた問題の答えとともに目を覚ますことも珍しくない. はたして,そういう状態で熟睡できているのだろうか….

 いずれにせよ,ハノイ氏の問題の解法の原理がわかれば, 次の 3 つを示すことができる. 最初の法則はすでに中本君が証明を与えてくれたものだが, 私の解法原理に基づいて, 理解し直すことができる. 他の 2 つもそれほど難しいものではないから, 証明は読者のチャレンジ問題 として残しておこう.

 特に,後の 2 つを利用すると, 数値計算によってハノイの塔の状態を決定することができる. 例えば, m 手目に板 l がどの棒に刺さっているかを考えよう. 板 l が初回を除き,同じ周期で動くことから,

2l-1 + (k-1) 2l ≦ m

を満たす最大の整数 k を求めれば, m 手目までに板 l が何回動かされたかが求められる. そこで, k を 3 で割ったときの余りを考えれば, 三番目の法則により,棒の番号が決定できる. 例えば,ハノイの塔の段数 n が偶数のときは, 板の番号 l が偶数ならば, k を 3 で割ったときの余りが 0 ならば棒 1 に, 1 ならば棒 2 に, 2 ならば棒 3 に板 l が置かれている.

 式表現を簡潔にするために, 棒の番号 1 , 2 , 3 を順に 0 , 1 , 2 に取り替えると, 次のような公式が得られる.

k = max { k : 2l-1+(k-1)2l ≦ m }
x ≡ (-1)l+nk   (mod 3)

ここで, x = 0,1,2 が m 手目に板 l の刺さっている棒の番号である.

 このように代数的な式で表現することに美意識を感じる人もいるだろうが, それに執着しないように. 実際に板の位置を決定する場合,上の公式を計算するよりも, 言葉で表わされた私のやり方の方がずっと効率的である.


つづく

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negami@edhs.ynu.ac.jp [1998/11/4]