フェルマーは 17 世紀のフランス人で, 整数論の開祖ともいえる人物である. しかし,彼は法律関係の仕事に従事し, その余暇として数学の研究を行っていた.
フェルマーは古代ギリシア時代の数学者ディオファントス(Diophantus) の著作『算術』を読んで, 思い付いたことをその欄外の余白に書き込んでいった. その書き込みの多くはフェルマー自身やその後の数学者たちによって 証明されていったが, 唯一証明されずに残ってしまった命題がいわゆる 「フェルマーの最終定理」である.
それは次のような命題で,中学生でもその意味はわかるだろう. しかし,それが証明されるまでに360年余りの歳月が費やされたのである.
フェルマー自身は,この命題のうまい証明を思い付いたが, 欄外の余白が狭すぎて記せないとして, その証明を書き残さなかった. その後, n = 4 の場合はフェルマー自身が, n = 3 の場合はオイラー(1770年)が, n = 5 の場合はディリクレとルジャンドル(1820年)がその証明を与えている. より一般的な状況でフェルマーの最終定理が議論されるようになったのは, 1840年代から1860年代にかけて,クンマーが「理想数」の概念を導入してからである. その理想数は後に環のイデアルの概念へと発展していった.
クンマーの理論やコンピュータの発達によって, 1994年の初めには400万以下の n に対してフェルマーの最終定理が正しい ことが示されていた. そして,1994年10月にワイルズが完全解決を成し遂げた. その証明には整数論とは独自の発展を遂げていた「楕円関数論」が利用されている.
もちろん,フェルマーの最終定理の証明の功績はワイルズ自身のものであるが, そこに至る過程には,多くの数学者たちが登場する. 特に,谷村,志村という日本人数学者の考察が重要な位置を占めているのがうれしい.
ところで,フェルマーの最終定理から除外されている n = 2 の場合はどうなっているのだろうか. つまり,
を満たす自然数解 x , y , z が存在するかどうかである.
しかし,上の方程式を満たす自然数解はすぐに発見できる. 例えば, x = 3 , y = 4 , z = 5 がその解になっている. 一般に,この方程式を満たす自然数の組 (x, y, z) は {\bf ピタゴラス数}と呼ばれ,それをすべて作る方法が知られている. d , m , n を任意の自然数として,
とおくと, (x, y, z) はピタゴラス数になり, 逆に,どんなピタゴラス数もこのような形で作ることができるのである.
なお,フェルマーの最終定理は「フェルマーの大定理」と呼ばれることもある. それと対比して,「フェルマーの定理」または「フェルマーの小定理」と 呼ばれている定理もある. それはフェルマー自身が証明した次の命題で, 「最終定理」とは別物である.
ワイルズの完全解決に伴って, フェルマーの最終定理に関する解説本がたくさん出版されている. 私自身もいろいろと読んでみたが, 次の本が一番安心して読めた. あくまで個人的な感想であり,他の本が悪いという意味ではない.
異例ではあるが, 大きな本屋さんにいけば, 最終定理の証明が書かれたワイルズの論文が掲載されている “Annals of Mathematics”が手に入るようである. それは,プリンストン大学が出版している数学の専門雑誌で, 通常は大学の図書館にでも行かないと見ることはできないものである.