緊急告知 三七栄・おかあちゃん崩壊!


写真提供:石谷優行氏


1999年4月7日,午後10時25分,横浜市保土ヶ谷区焼き肉店に,10トン・トラックが突っ込み,店舗は大破,お客1人を含む3名が負傷.

●間一髪の命拾い!

1999年4月7日,午後10時25分,横浜市保土ヶ谷区焼き肉店に,10トン・トラックが突っ込む」 という報道を,新聞やテレビでご覧になった方も多いだろう. そして,その日から何日かが過ぎ, トラック運転手の不注意による交通事故の一例として, 記憶の彼方に消えていこうとしていることでしょう. (4月7日は,仏滅でした.)

しかし,私にとって,この事件は,忘れようとも忘れられない出来事なのです. それは,この私のホームページを覗いているあなた, そして,本邦初の数学小説『第三の理』の読者にとっても, 忘れることのできない出来事なのです.

根上生也著 『第三の理 −ハノイの塔修復秘話』
日本評論社 1600円 ISBN4-535-78278-4 

なぜなら,その焼き肉店とは,何あろう, あの『第三の理』に登場する「三七栄(みなえ)」なのです.

それは,私が中本君の言葉に涙し,田沼君の将来について菅野さんと語りあった あの場所です.

そして,報道されてはいませんが, 「三七栄」に隣接する食事処の「おかあちゃん」も同時に大破してしまいました.

その大破の惨状は, 石谷優行氏が撮影された2枚の写真が物語ってくれています.

さらに,驚くべきことは, この惨劇は, 私がお店を出てから,たったの15秒後に起こったことなのです.

私があと15秒,「三七栄」に残っていたら, 私はこの世にはいなかったはずです. 後で述べるように,トラックが突っ込んだ位置から考えて, まともな形の遺体は回収不可能だったでしょう.

この運命的な事件は, まさに『第三の理』に書かれている事件に符合します. 小説の中では,私はハノイの塔修復に奔走しましたが, この現実の世界で私のすべきことは, 「三七栄」と「おかあちゃん」の修復だと,私は考えました.

そこで,「三七栄・おかあちゃん復興基金」を募ることを思い立ちました.

きっといろいろな保険金で,復興のための資金は確保されることでしょう. または,このホームページ上の呼びかけだけでは, それほど大きな金額は集まらないかもしれません.

私はそれでもよいと思っています. 物理的な店舗の修復に必要な金額が集まらなくとも, お見舞金として,「三七栄」と「おかあちゃん」のみなさんに渡したいと思います. 金額の大きさではなく, 両店の復興を願うたくさんの人たちがいることを伝えることが重要です. 多くの人たちに支えられているという事実こそが, 「三七栄」と「おかあちゃん」を修復します.

私たちにできることは, 「物の理」による修復ではなく, 「人の理」による修復です.

横浜国立大学の職員や学生,地域住人のみなさんが, 両店の復興を願うことは言うまでもありません. 遠く離れたところに住んでいる人たちにとっては, 「三七栄」や「おかあちゃん」の復興など, どうでもよいことでしょう.

でも,このホームページを覗き, または『第三の理』を読み,私の活動に少しでも興味を持ち, その思いに共感していただける人たちがたくさんいることを期待しています.

インターネットというメディアの登場によって, 機械でしかなかったコンピュータに「人の理」が注入され, 人を救済できるようになったところを示しましょう.

金額の大きさではなく, 振り込み用紙の枚数が「三七栄」と「おかあちゃん」を修復します. 多くのみなさんのご協力をおねがいします.

この「三七栄・おかあちゃん復興」に関わる私の行動を 売名行為と思う人がいるかもしれません. また,事務的な不明瞭さなど,この基金募集に対して, いろいろな疑念を持つ人がいるかもしれません. そのような批判はすべて受け止めるつもりでいます. 私個人がどのような扱いをされようとも, 「三七栄・おかあちゃん復興」の実を取りたいと思っています.

平成11年4月18日
根 上 生 也 


●「三七栄・おかあちゃん復興基金」のお願い

横浜常盤台郵便局に「三七栄・おかあちゃん復興基金」という振込口座を開設しました. あなたのお気持ちを振り込んでください.

なお,ご協力いただいた方たちを分類整理するために, 振り込み用紙(青色)の通信欄に, あなたの氏名の他に, 所属,「ホームページを見た」,「第三の理を読んだ」などのコメントを書き添えてください.

また,事務局に現金を持参していただいても結構です. もちろん,私の身近にいる方は,どこかで私を捕まえて,私に渡してくれても結構です.

事務局には, 振り込み手数料をこちらで負担する赤色の振込用紙も用意してありますが, その送付に掛かる費用や, インターネットという不特定多数の方へ呼びかけていることを考えると, それを利用することはあまり合理的ではないでしょう. 大変恐縮ですが, 郵便局に用意されている青色の用紙を使って, 振り込み手数料をご負担ください. 確か,振り込み額が1万円以内なら,手数料は70円です.

とりあえず,募金の締め切りを5月末日とします. その時点でも集まった基金の額をホームページで報告します.


●報道されなかった出来事

新聞報道では,レスキュー隊が窓ガラスを割って中の人を救出したことになっていますが, そのレスキュー隊に指示を与えて,活躍していた人物がいたのでした. それは,誰あろう,私です.

その日は,6時ごろに, 私と教育人間科学部情報認知システム講座の田村直良教授,野間淳助教授の3人で, 「おかあちゃん」で食事をし, その後,第2研究棟6階の612号室で,翌日のオリエンテーションで必要な資料を 準備していました. そこに,助手の山本光さんが附属鎌倉中学校から戻り, 作業に参加しました.

山本さんは,まだ夕食を食べていないということなので, 作業後に,私と山本さんとで,「三七栄」に行くことにしました.

「三七栄」に入ると,店内は私と山本さんの貸し切り状態です. つまり,私たちと,店主の浜田夫妻以外には, 誰もいなかったということです. お店に入ってから,テレビで「はぐれ刑事純情派」が始まったので, お店に入ったのは,9時15分くらいです.

私はすでに食事をしていたので, マイ・ボトルの「いいちこ」で,梅サワーを2杯飲み, 山本さんは梅サワー3杯を飲み,カツ・カレーを食べました.

そうこうしているうちに, 横浜国立大学の人事課(前年度まで,教育人間科学部教務第1係長だった)の 金子保三さんがやってきました. 私たちは彼のことを「やっさん」と読んでいます. 彼は弱視のせいもあって,残業することが多いようで, 仕事が終わると,毎日,「三七栄」に寄って,食事をしていきます. その日は,ハムを注文したのが記憶に残っています. 今,思えば,火を使わない食べ物だったのが,幸いしていたかもしれません.

そして,なぜか,その日に限って,私は腕時計を見たのでした.時刻は

22:22:45

です. 時刻が2揃いなので,はっきりと覚えています. 今,思えば,不幸の始まりの時刻は,3抜けだったのです.

いつもだと,10時ならまだまだ帰らないのですが, その日は,なぜか,私の口から「帰ろう」という言葉がでました. 山本さんも,他の言葉を交わすこともなく「はい」と返事をするだけでした. そして,オアイソをしてもらって, 私が山本さんに1000円札を渡し,山本さんがそれに足して2050円を大将に払いました. そして,山本さんはお店の奥にあるトイレに行きました.

これまたいつもなら, トイレの近い私も店を出る前にトイレに行くのですが, そうせずに店を出たのでした. もし,そのときに私がトイレに行っていたら, 私は助かり,山本さんは,死んでいたでしょう.

「三七栄」を出て,店の前の軽い下り坂の道路をたらたらと数メートル歩いていくと, 後ろで,バリバリという音がします. 何かが,木の枝を折って,もしくは,電柱の電線を剥ぎ取って進んでくるような音でした. その音の正体を突き止めるべく振り向くと, 右手のバスのロータリーにつながる路地から,巨大なトラックが顔を出したのです. だんだん加速している様子で, 左折して,私たちの方に突進してくるものと思いました.

ところが, はたして,このスピードで,このカーブを曲がりきるのだろうかと思う間もなく, トラック(観光バスほどもあるコンテナを付けた10トン・トレーラーです)は, 「三七栄」に突っ込んでしまったのです. その後の情報をつきあわせると,その衝突は,10時25分だと推定できます, また, 後日,「三七栄」からその衝突を目撃するまでの距離を歩いて時間を計ってみると, なんとたったの15秒でした. あと15秒「三七栄」にいたら,私と山本さんは確実に死んでいたのです.

きっと凄い音がしたのでしょう. でも,私も山本さんも音の記憶がありません. すべてが,無音なスロー・モーションの映画のようでした. トラックが「三七栄」に突っ込む一部始終を見てしまったのです. おそらく,それを目撃したのは, 私と山本さんの2人だけでしょう.

山本さんは,その光景を見て,頭が真っ白になったと言っています. 彼は,PHSもデジタル・カメラも持っていたのに, それを使うことを思い付かなかったそうです.

一方,私は,いたって冷静でした. この光景はよく見ている光景だと思い,この事態を収拾するのは, 私しかいないという気持ちになったのです. 確かに,ハリウッドもののアクション映画で,よくトラックの激突,転倒シーンを見ます. そして,その後に続くシーンは...

私は,山本さんを引き連れて,「三七栄」に走り寄ります. そして,その隣の「プチ・パラレル」というスナックの扉を開け, 「警察に通報してください」と叫びました. 中には,4,5人のお客とママさんが,カラオケに興じています. いったい何を通報するのかを伝えなくても, そう言っておけば,独自に通報すべき内容を判断すべく行動してくれるでしょう.

続いて,私は「三七栄」の入り口の左角の部分から「大丈夫か!」と叫びました. しかし,声が返ってきません. トラックが完全に店に突っ込んでいて, まさに私と山本さんが座っていたところに激突しています. もはや入り口部分は完全に大破していて, こちらの角からは,中に進入するのは不可能でした. そこで,トラックの後ろを回り, 店の反対の角の様子を見にいくと,やはり進入は不可能な状態です.

そうこうしているうちに,通り掛かった人や野次馬たちが集まってきて, 「おかあちゃん」の前に立っています. 再び,より内部に近いと思われる左角に移動すると, トラックの運転手と思しき人が, 助手席側からキャビンに乗り込み,エンジンを切ったのでした. 「バックできないのか」と声を掛けると, 「運転席がグチャグチャで運転できない」という声が返ってきました. 確かに,運転手が乗っていたら生きてはいないでしょう. そもそも,乗っていたら,事故になるか!

再び,中に向かって叫ぶと, 今度は, 「やっさんがカウンターの下敷きになっている.」 という大将の声が微かに聞こえてきました. 後日聞いたところによると, トラックがバックしていなくなってしまったら, 天井が崩れてきて, 「やっさん」が危ない状態だったそうです.

さらに,耳を澄ますと, 「ガスと水の元栓を締めろ!」という大将の声が聞こえてきました. 実際,電気が消え,大量の水が流れる音がしていたので, 私も水の元栓を閉めるべきだと思い, その位置を物色していたのですが, ガスの元栓は気づきませんでした.

そこで,山本さんが野次馬に混じっていた顔見知りの学生(北村圭吾くん)を 1人連れて, 水とガスの元栓を探しにいくことにしたのです. 表には,見当たらないので,お店の裏に回ってみると, 「おかあちゃん」のおかあちゃんが座敷の窓から顔を出し,叫んでいます. 話を聞いてみると, 手に怪我をしてしまったそうです.

後日聞いたところによると, トラック衝突のときに, 出口の近くにいて,衝突の衝撃で,奥の座敷まで飛ばされてしまったそうです. 入り口付近に備え付けてあったテレビも座敷近くの冷蔵庫のところまで, 吹っ飛んだそうです.

「三七栄」が被害の中心と思い込んでいたのですが, 「おかあちゃん」もかなりの被害を受けたのでした. このことはどの新聞でも報じていないようです. さらに,「三七栄」と「おかあちゃん」の上にまたがるように建てられた 2階には,大家さんのおばあちゃんが住んでいることが判明しました. また,「おかあちゃん」の入り口も大破していて, そこから脱出することが不可能であることがわかりました.

したがって,この惨劇に巻き込まれたのは, 「三七栄」の中に閉じ込められている店主の浜田夫妻, お客の金子さん(=やっさん)と 「おかあちゃん」のおかあちゃんと, 2階に住む大家さんということになります. この全員がそこから脱出不可能な状態にあるわけです. それをどうやって救出したらよいのか.

でも,やはりその救出劇を始める前にすべきことは, 水の元栓とガスの元栓を締めることです. しかし,どれが「三七栄」のものなのかわからないので, 目に付くガスの元栓をすべて締めて回りました. 山本さんと途中から参加の学生は, 暗闇の中を水の元栓を探してくれました.

今度は,救出劇です. 表の大破した状態は,現場検証に影響しないようにいじるべきではないと思い, 被害のない裏手からの救出を考えたました. 「おかあちゃん」のおかあちゃんは,窓から顔を出していて, 無事であることはわかっているし, 2階の大家さんも,衝撃はあったものの,命には別状はないでしょう. となれば,「三七栄」の中の様子を確認することが第一優先だ!

そこで,やはり「三七栄」の奥座敷の窓(裏から見える)から侵入するのがよかろうと, 山本さんに肩車をしてもらい,その窓を開けようと試みました. しかし,私の筋力では,その窓はびくともしません. きっと,中から鍵が掛けられているのでしょう. この窓から脱出することを促すように,窓を叩いたのですが, 何の反応もありません. そもそもそれができる状態なら,とっくにそうしていただろうし.

ここで,打つ手がなくなってしまいました. しかたなく表に回ってみると, やっと警察やレスキュー隊が到着したようです. 私は「プチ・パラレル」のママに,ガスの元栓を締めてしまったことを伝えた後に, 警察官に歩み寄り,私と山本さんが第一発見者であり, 事故当時の「三七栄」の内部の様子を知っている唯一(正しくは唯二)の人間である ことを申し出ました.

「内部には,3人.三七栄の店主,浜田さん夫妻と,客の金子さん. 金子さんはカウンターの下敷きになっている模様」

警官に状況報告をしている間, レスキュー隊はトラックが衝突して大破している部分を見回して, 侵入経路を模索していました. でも,このままでは入れないと思案している様子です. そこで,レスキュー隊の中の偉そうな人を捕まえて, 裏に回って,窓から入れと,指示したのです.

レスキュー隊の人たちは, その私の指示には何の疑問の持たずに,従ってくれました. そして,梯子を用意して, トイレの窓を破壊して,中に進入することにしたのです.

裏から見ると,「三七栄」は2階にあるように見えます. その2階のトイレに梯子を掛け, 梯子に登った若い人が「ガラス,割ります」と叫んでから, くぎ抜きを大きくしたような道具で,ガラスを破壊して,窓を開けました. あとはプロに任せようと,しばらく見守っていると, やっとのことで,トイレの窓から, 「三七栄」の女将さんの姿が現われ,一安心です.

大将とやっさんは, すっとんだカウンターによって道を塞がれ, 脱出が困難なようで,なかなか出てきません. そこで,私は「三七栄」の奥座敷の窓からも進入できると, レスキュー隊のボスと思しき人に伝えました.

すると,すかざす「その窓を割れ!」と指示を出すのでした. 私が,そこから人を出せるということは,中なら鍵が開けられるということだから, ガラスを割る必要はないと説明しても, わかってもらえなかったのが残念です. こういう緊急時には,論理的に説明するよりも, ああしろ,こうしろ,と命令的に言った方がよいようです. 実際,私がどこの馬の骨ともわからないのに, レスキュー隊の人たちは,私が命令したことは,素直に聞いてくれたわけだし.

ここまでくれば,本当に一安心です. やっさんと大家さんとおかあちゃんは,救急車で病院に運ばれ, 後は事故処理だけです. と思った頃に,レスキュー隊が水とガスの元栓を探し出しました.

「おいおい.そんなこと,もうしたよ.」

これは山本さんと私だけに聞こえるような小さな声での会話です.

やっとのことで脱出できた「三七栄」の大将は, 私たちの顔を見るなり, 「先生たちが帰った後でよかった」と連発するばかりです. 確かに,不幸中の幸いです.

あとは, 山本さんといっしょに保土ヶ谷警察に行って調書を取られました.

調書を取る準備ができるまで, 警察のロビーで待っていると, 朝日新聞の記者がやってきたのですが, まだ警察の人からしゃべらないでと言われたので, 「いやー,トラックから,宇宙人が3人出てきちゃってさあ...」 と言ってあげたら, むっとした顔をして,私たちから離れていってしまいました. おかげで,私と山本さんの活躍は, 新聞報道されることなく, 宇宙人の目撃談とともに, 闇に葬られることになってしまったわけです. あのとき,まじめに答えておけばよかった...

今思えば, 「三七栄」の「三」,内部に取り残された人数が「三」, おまけに店内には,私が大将にあげて『第三の理』が置いてあったのです. この3の三つ揃いが3人の命と,私たちの命を救ったのかもしれません.

私が「帰ろう」と言ったおかげで山本さんの命が救われ, 私がいつも金子さんが座る場所を先に来て占領していたおかげで, 金子さんは別のところに座ることになり, 彼の命も救われました. こういう事実を,ラッキーな偶然の一致だと考えることもできるでしょう. しかし,私は何か運命的なものを感じます.

警察の調書の最後に「この事故に遭遇して,どう思いました」と聞かれました. 私はそれに,

「私は選ばれた人間だと思いました.」

と答えました. そこにいた警察官も山本さんも笑っていましたが, その気持ちはあながち嘘ではありません.

仮に,私が選ばれた人間なのなら, 選ばれた人間として何ができるのか? そう考えて,まず思い付いたのが,「三七栄・おかあちゃん復興基金」です. 選ばれた人間につきあうつもりで, ご協力願います.

ちなみに,調書の最後には「この事故に遭遇してゾッとした」と書かれています. それが私の唯一の偽証です.

翌日,この事件は新聞やテレビで報道されていました. 負傷者は3人ということになっていますが, 病院に運ばれた3人に加え, 「三七栄」の大将は軽い火傷,女将さんは打撲していました. ということは,負傷者は5人...

いえ,実は,かくいう私も右膝に青あざをこしらえていたのでした. レスキュー隊が登場する以前の活躍の最中に, どこかで膝をぶつけたようです. でも,そのときは全然気づきませんでした.

それにしても, 野次馬の人たちって,何にもしないものなのですね.

以上


Seiya Negami /1999/4/18
negami@edhs.ynu.ac.jp