第三の理/補足●
数学教育の在り方

 私が数学教育専攻の大学院生を相手に行っている授業では, 私の方から一方的に講義するのではなく, 実際にパソコンに向かって, いろいろなソフトウェアを体験してもらうようにしている. 立体図形学習支援ソフトウェアである Virtual Solid, グラフ理論プロセッサとでもいうべき gm standard. この 2 つは私の研究室で開発したものである. また,動的な平面幾何が学習できるカブリ・ジオメトリーに ジオメターズ・スケッチパッド. この 2 つは市販されている. いずれもユーザの創意工夫によって, 様々なことに活用できるソフトウェアである.

 それを使って解くようにと, 幾何やグラフ理論の問題にチャレンジしてもらうわけだが, 毎年,なす術なく困っている学生が少なくとも 1 人はいる. コンピュータに不慣れだからと言いたげな表情を浮かべているのだが, 実際は,創意工夫して問題を解くという体験がないだけのことだ. 彼らにとって, 数学とは解法をマスターしてその類題を解くことでしかなかったのだろう. その思いを打ち砕くことができれば, この授業は成功である.

 ところで, 「コンピュータを教育に利用する」というと, “CAI”という言葉を思い起こす人も少なくないだろう. CAI とは“Computer Assisted Instruction”の頭文字を並べたもので, 「コンピュータが支援する指導」という意味である. しかし,CAI という言葉はもう少し限定的な意味で使われるのが通例である. それは,コンピュータの画面に問題が出てきて, その正解を入力すると,次の画面に進める, というスタイルの学習ソフトウェアである. 要するに,コンピュータで自習できるドリルのようなものだ.

 CAI が登場した当初はもてはやされていたが, 今では,CAI はダメな教育ソフトウェアの代名詞のような扱いを受けている. 8 ビットでハードディスクもない昔のパソコンならまだしも, ここまでパソコンでいろいろなことができる時代になったのに, 「ドリル」はないだろうというわけである.

 では,どういうソフトウェアがよいのか?

 その問いに答えるために, 当時, 私の研究室に所属していた徳野行太君(守屋君の同級生)に作ってもらったのが, Virtual Solid である. このソフトウェアは,コンピュータの画面に現れる多面体を自由に切断して, その展開図を作れるというものである.

 中学校で立体の切断が指導されていることもあって, 立方体の切断面を表示してくれるプログラムをよく目にする. しかし,それと Virtual Solid を一緒にしないでほしい. Virtual Solid の偉いところは, 多面体を限定せず,どこでも切断でき,好きなところを切り開いていける という点である. つまり,目的が 1 つに固定されていない. そこが Virtual Solid が CAI やデモンストレーション用プログラムと 一線を画すところなのである.

 そのように,目的が固定されておらず, ユーザの意図に合わせて利用できるソフトウェアを 「汎用ソフトウェア」と呼ぶ. せっかく高い金額を支払って買ったのに, 1 回見たら終わりというのではもったいない. 自分でいろいろと工夫して何度でも使いたいではないか. そういう汎用性を教育ソフトウェアの善し悪しを決める 1 つの要素と考えよう.

 もう 1 つの要素はインタラクティブであることである. つまり,コンピュータとユーザが相互にやり取りを行って, ことが進んでいくということである. Virtual Solid の場合,マウスを使って, 回転したり,色を塗ったり,切断したり,展開したりが自由にできる. 失敗しても何度でもやり直せる.

 もちろん,Windows やマック上で動くアプリケーション・ソフトウェアでは, そういう操作性のよさは当たり前になっている. そのせいで, みんなが納得するソフトウェアをプログラムすることは, 素人さんにはかなり難しい. ゲームソフトもしかり. グラフィックスの凝ったゲームで目の肥えてしまった子供たちは, 先生が徹夜をして一生懸命に作ったプログラムでは満足してくれない….

 それならそうと,プログラムは専門家に任せよう. それも数学教育にそれなりの見識を持った専門家に. その専門家とは,私の研究室のメンバーのことです. みなさん(現場の先生のこと)は, どういうソフトウェアを作ってほしいのかを私たちに教えてくだい. できあがったソフトウェアの不都合なところや, 追加してほしい機能があったら,それも教えてください. そうやって,みなさんとネットワークを作りながら, Virtual Solid を育てていきましょう.

 こう言いながら, 私は機会があるたびに Virtual Solid の営業を行っている. とはいっても,お金儲けの営業をやっているわけではない. 正規登録者になりたい人からは, Virtual Solid のフロッピー・ディスクと交換に3000円を頂いているが, それは「VS普及会」の運営資金を補助していただくためのもの. 正規登録者には,バージョンアップは無料で送るし,いろいろな情報も提供する. さらに,Virtual Solid は自由にコピーして他の人に配ってもよい. しかし,コピーを配った人は, 自分の責任で, 私たちから送られてくる情報をコピーをあげた人にも必ず提供すること.

 要するに,Virtual Solid が世の中に広まればよいのである. いくらパソコンが普及したといっても, 教育にコンピュータを利用することに懐疑的な人たちは決して少なくない. そのため,コンピュータを教育に使うためには何らかの理由が必要なのである. 理由などなくても使っている状況. その状況を実現するためには, 教育ソフトが身の回りに当たり前のように存在していること. こういう未来を目指して,Virtual Soild の増殖を企んでいるのでした….

 なお,Virtual Solid,略して“VS”はいろいろなものと対決している. コンピュータ教育に懐疑的な人たちとの対決. 本物の立体との対決. (立体図形を指導する際には, 実物よりもコンピュータ・グラフィックスの方が有効だとする説もある.) つまり,“versus”の VS と掛けているわけです. (例:ゴジラ vs モスラ) さらに,おじいちゃんたちを相手に商売するときには, 家に Virtual Soild を持って帰ったら,おばあちゃんに 「ばーちゃん,それどお?」と言ってくださいと言っている.

 一方, 私自身がマック上で開発した gm standard は, グラフを自由自在に編集できるソフトウェアである. 私も含め,私の研究室の連中たちは, 論文に挿入するグラフの図を描くためによく利用している. 現状では グラフ理論自体が世の中にそれほど浸透していないので, グラフ理論の研究者でないと gm standard に必要性を感じてくれないだろう. しかし,グラフ理論の教育的な価値は大きい.

 それを考慮して, gm standard にはいろいろな機能が装備されている. 例えば,せっかくきれいに作図したグラフの頂点の位置を 滅茶苦茶にしてしまう「ランダム配置」という機能がある. この機能を使えば,「もとの状態に修復せよ」という問題ができる. この問題をやらせてみると, グラフの構造に着目しようという態度のない学生は, いつまでも試行錯誤を繰り返し,もとの姿を復元できないでいる.

 現在,インターネット上で利用できるように gm standard を改造した gm applet が私のホームページ (http://www.ngm.ed.ynu.ac.jp/negami/) 上で公開されている. 関心のある方はそれにチャレンジしてほしい. しかし,それが汎用ソフトウェアであることを思い起こそう. つまり,ユーザの意図に合わせて何にでも利用できるソフトウェアである. 逆に言うと, グラフ理論のことをまったく知らず, 何も意図することができなければ,gm standard は無用の長物と化してしまう. そこで,gm learning と称して インタラクティブにグラフ理論の世界が体験できるコーナーも用意した. 初心者はこちらで十分に遊んでから,gm applet を使ってください.


negami@edhs.ynu.ac.jp [1998/5/1]