第三の理/補足○
『フラクタルの美』

 H.-O. パイトゲン,P.H. リヒター著, 宇敷重広訳. シュプリンガー・フェアラーク東京発行.

 「複素力学系のイメージ」という副題が付いている. 奇妙なフラクタルの絵が大量に掲載されおり, 現代アートの画集を思わせる雰囲気がある. この日本語訳が出版されたのが1988年. この本が日本におけるフラクタル・ブームの 火付け役になったように思う.

 しかし,当時の私はフラクタルにはあまり興味を示さなかった. それには 2 つの理由がある. まず,フラクタルのような極限図形は, その昔,位相空間論が作られていく過程で,すでにさんざん登場していた. だから,今更という感じがしたのである. また,フラクタルの複雑さを示唆する「フラクタル次元」なるものが, トポロジストとして許せなかった. 普通の図形の次元は非負整数にしかならないのに, フラクタルの次元は小数になってしまう. それがフラクタルのおもしろいところなのだが, そのフラクタル次元は位相不変量ではない. 距離や面積などに依存しないより根元的な構造を求めるトポロジーと違って, フラクタルはあくまで距離空間という限定的な世界での話なのだと私は解釈した.

 こういう解釈が間違っているわけではないが, 私の思いとは裏腹に,フラクタルの息は長かった. 単に,ビジュアル的なおもしろさばかりでなく, 写像の特異点の研究や工学的応用へと発展していった. フラクタルという「形」に 多くの人々が交わり様々な「言葉」を生み出したのだ.


negami@edhs.ynu.ac.jp [1998/5/1]