第三の理/補足◎
中本君の証明

 数学的帰納法による中本君の証明を記しておこう. 念のために証明すべき命題をきちんと述べておくと, 次のとおりである.


命題  n 段のハノイの塔において, m 手目( 1 ≦ m ≦ 2n - 1 )に動かす板の番号を l とすると, m の 2 進数表現は右から l-1 桁目まではすべて 0 であり, l 桁目が 1 になっている.

証明 まず, 1 段のハノイの塔を考える. n = 1 の場合は, 2n - 1 = 21 - 1 = 1 だから, m の値としてとりえるのは 1 だけである. その 1 を 2 進法で表しても 1 だから, 右から数えていって始めて出会う 1 もその 1 桁目の 1 である. このとき,動くのは板 1 であり,命題のとおりになっている.

 続いて, n-1 段のハノイの塔に対して上の命題が成立すると仮定して (この仮定を「帰納法の仮定」と呼ぶ), n 段の場合にもそれが成立することを示す. その際, ハノイの塔の手数 an を求めたときと同じ考え方が適用できる. つまり,板 n を動かす瞬間とその前後を考察するのである.

 板 n が棒 1 から棒 2 に動くためには, まず,それを無視した n-1 段のハノイの塔を棒 1 から棒 3 に移動する必要があった. その移動は 1 手目から 2n-1-1 手目までで行われるので, 帰納法の仮定により, その間は命題に従って指定された板が動かされることになる.

 板 n が動く瞬間は 2n-1 手目だから, m = 2n-1 であり,それを 2 進数で表せば, 10 … 000 となっていて, n 桁目のみが 1 になっている. ということは,その桁数の n と移動する板の番号の n が一致しているので, この m に対しても命題どおりの指定で板が動いたことになる.

 最後に棒 3 に待避してあった n-1 段のハノイの塔を棒 2 に移動する. そのときの手数は 2n-1 + 1 から 2n - 1 までである. その手数の 2 進数表現は順に,

10 … 001
10 … 010
10 … 011
………
11 … 101
11 … 110
11 … 111
となっていて, 先頭の 1 を無視すれば, 1 から 2n-1-1 の 2 進数表現と同じになっている. また,移動元と移動先の棒の番号は異なるが, 以前とすっかり同じ手順で板を 1 手 1 手動かせばよいので, やはり,帰納法の仮定どおりの指定で板が動くことになる.

 その板の番号を指定する際に, 2 進数を末尾から見ていって 1 が初めて現れるところを探すのだから, 先頭に 1 があろうとなかろうと関係ない. つまり, 2n-1+1 から 2n - 1 の値に対しても, 命題が示す方法で, 移動する板が指定できることになる.

 以上を総合して, n 段のハノイの塔に対しても, 命題どおりの指定方法で,板を動かせばよいことが示された. これで帰納法が完結する. ■


 ちなみに,「■」は証明終わりを表す記号である. 昔は“Q.E.D.”と書いていたが, 近年,数学者の間でこの記号を使うことが定着しだしているように思う. 実際,論文の投稿規定の中でこの記号を使うように指示している 数学の専門雑誌も存在している.


negami@edhs.ynu.ac.jp [1998/5/1]