第三の理/補足●
「情報科学概論」

 私は1988年 4 月より横浜国立大学教育学部に着任し, その年に発足したいわゆる「 0 免課程」の 基礎理学課程数理科学コースを担当することになった. 数理科学コースの学生たちは,数学,物理,情報科学を勉強する. 私は,数学者ではあるが,大学院で情報科学を専攻したこともあって, 情報科学関連の授業を担当している. その授業の 1 つが「情報科学概論」なのである.

 その授業の目的は,今日的な情報科学全般について概説することである. この授業を始めてすでに 10 年が経とうとしているが, コンピュータの発展のスピードがあまりにも速く, 講義内容は着任当初のものとはかなり異なるものになってしまった.

 しかし,初回の講義だけは変わらない. 毎年,OHP を使って,手塚治虫先生の『鉄腕アトム』の中の 「アトム誕生」の巻を見せることにしている. 少々恥ずかしいが,その吹き出しや擬音の部分を私が演じて, それを読み進んでいく.

 「アトム誕生」の冒頭には,その昔に手塚先生が予想した ロボットの発達の歴史が記されている. マンガを一通り見たところで, 私はロボットをコンピュータに置き換えて, その歴史を解説するのである.

 そもそもアトムは, 交通事故でなくした子供の代替品として, 初代科学技術庁長官の天馬博士が作ったものだった. しかし,ロボットのアトムの背丈が伸びないことに激怒した天馬博士は, アトムをサーカスに売り飛ばしてしまった. その後,サーカスで活躍しているアトムを目撃し, この子はただ者ではないと察したお茶の水博士がアトムを引き取り, 父親代わりとしてアトムを育てていくことになる. そして,失踪した天馬博士に代わって科学技術庁長官に就任したお茶の水博士は, ロボットと人間の共存する社会を実現すべく尽力するのである.

 そこで今度は,お茶の水博士と私自身を重ねて, この授業では コンピュータに対するみんなの偏見を解くべく講義をしていくのだと宣言する. その宣言はなかなかインパクトがあるようで, 授業を受けたどの学生に聞いても,初回の授業の内容をよく覚えている. しかし,私自身も含め, 2 回目以降の授業の内容を思い出すのに苦労するようだ. まあ,コンピュータのしくみ,プログラミングのこと,インターネットのことなど を話しているのだろう.

 最後には,「来るべきコンピュータ社会を想像せよ」 というテーマでレポートを書いてもらう. 手塚先生自身は『鉄腕アトム』を通して科学文明の暗い側面を 表現したかったという説もあるが, 私は,コンピュータに人間が支配されて退化してしまうという 在り来たりの考えしか書かれていないレポートにはよい点をあげない. 私たちの想像力が未来を創造していくことを忘れないように….


negami@edhs.ynu.ac.jp [1998/5/1]