リンゴと芋虫

 芋虫はいつもリンゴを食べて暮らしていました. 1つ食べ終われば,次のリンゴを求めて,リンゴの木の上をはい回ります.

 ところが,ある朝のこと,リンゴの中から顔を出した芋虫は, あたりを見回して,びっくり. 昨日の嵐に吹き飛ばされたのでしょう. 芋虫が宿にしていたリンゴは,池の真ん中に,ぽっかりと浮いているではありませんか.

 どうしたものでしょう. いつもなら,朝食のためにリンゴをひとかじりするところですが, はたして,リンゴを食べてよいのでしょうか?

 泳ぐことのできない芋虫がこの池の真ん中で溺れないでいられるのも, このリンゴのおかげです. となると,リンゴを食べてしまうわけにはいかない. かといって,リンゴを食べないと,飢え死にしてしまう.

 まあ,いいや. 自分にできることは,リンゴを食べることしかないのだから, リンゴを食べることにしよう. ひょんなことから,池の真ん中に連れてこられたのだから, 気長に構えていれば, またひょんなことで助かるかもしれない.

 というわけで, 芋虫はリンゴを食べることにしました. でも,食欲に任せてリンゴをかじってしまうと, リンゴの形がいびつになって,バランスを失い,回転してしまいます. その勢いで振り落とされては大変. ここは慎重にリンゴをかじっていくことにしよう.

 そうこうしているうちに, 芋虫はうまいリンゴのかじり方を発見します. リンゴの中をえぐるようにかじっていくと, リンゴがお椀の船のような形になって,安定します. これなら,安心して,何日か過ごせそうです.

 そして,数日が経ちました. ついに,リンゴの中身はすべて食べ尽くし, 皮だけが残っています. もうひとかみすれば, 船底に穴があいて,ぶくぶくぶく.

 とうとう食べるものもなくなり, 芋虫は動かなくなってしまいました.

 それから2週間が過ぎました. すると,池の方から,1匹の蝶が飛んできました. めでたし,めでたし.


解説

 これは私が高校生のときに作ったお話です. そのときは,解決不可能な状態を設定して, それをどう解決するかというスタイルのお話を作るのが おもしろかったのですが, 今になって思えば,このお話はなかなかよいことを示唆しています. 要するに, ということです.

 では,人間は変わることができないのでしょうか? もちろん,芋虫のように体が変化することはありません. しかし,変化こそが人間本来の機能だということをご存知でしたか?

 周知のように,私たちの脳みそは 100億を超える脳細胞 -- ニューロン -- から出来上がっています. そして, ニューロンが作り上げるネットワークの複雑さが頭のよさに比例します. そこで重要なことは,

ということです. この機能こそが,人間と他の動物を大きくわかつポイントなのです.

 猫の赤ちゃんは,自分の排便を砂をかいて隠すことができます. その姿を見ていると,なんておりこうさんなんだろうと思うでしょう. でも,それは,そういう行動ができるように, プログラムされたニューロンの結合状態が, 親から遺伝しているだけなのです. だから,排便を隠す行為には教育がいらない.

 一方,生まれながらに,トイレでしゃがんで, 終わったら水を流せる人間なんて存在しません. トイレの形態だって,変化を基本とする人間の大脳が生み出した文化に依存しています. その文化の中で,ニューロンの結合状態を変化させて, 水を流す習慣を獲得していくわけです.

 変な例になってしまいましたが, こういうふうに考えると, 人間にはどうして教育が必要なのかが,わかってくるでしょう. 自分自身が変化すること. その変化を楽しむこと. それを基本原則とする教育を実現すること. なんでも才能のせいにして,あきらめている子供たちを量産しないこと...


negami@edhs.ynu.ac.jp [1997/6/11]